このページは主にクラシック音楽の演奏家を目指す人を対象とした書き方をしておりますが、ここで述べられる「開」の状態を作り出す方法は、クラシック音楽以外の演奏家はもちろん音楽以外の色々な分野においても ”自分の能力を最大限に発揮する方法” としてそのまま適用出来ます。

忘れられがちな大切なもの:「演奏態勢」

このページに書かれる内容は、この様にはっきり文章化された形で公表されたことはかつて無かったでしょう。但し国際的に一流の演奏家の多くが無意識の内に行なっていることであり、決して今まで無かった新しい方法ではありません。天性の演奏家が演奏しようとすると、本能的、自動的に作られる体と気の状態があります。これを「演奏態勢」と名付けます。「演奏態勢」は天性の演奏家に先天的に備わっているもので、演奏技術の様に後天的に学び、訓練して獲得するものではありません。

ところが不幸にして、音楽をする上で不可欠なこの体と気の扱い方は無視される傾向にあります。それは音楽演奏の目的が曖昧であることに起因しています。そしてこの演奏態勢が音楽演奏をすることにおいて如何に重要なことであるかは、これから説明する目的意識を持って演奏した時に、瞬時に飛躍的に改善された音楽が生み出されることによって証明されます。

野生の肉食獣は獲物を狙った時に、集中して身構えます。これは獲物を獲るという目的のために本能的、自動的に体と気がその状態になるもので、後天的に学んだものではありません。またプロのスポーツ選手達は「相手に勝つ」という目的のために身構えます。目的がはっきりすると自然に体がその目的実現のための態勢を取る様になっているのです。

音楽の場合はこの様にはっきりとした目的が認識されておりません。ある演奏者は一生懸命人間的な感情表現を試み、また別の演奏者は正しい演奏法とか演奏技術の完璧さを第一に追求します。これらの場合もそれなりの態勢が作られるのですが、結果的に「不自然で気持ち悪い感情表現」や「上手だけど感動が無い」という演奏になってしまいます。これらの演奏は聴衆には「舞台の上で演奏家が一人相撲を取っている」様に映り、いわば他人事として受け取られることになります。

また少なからぬ演奏家たちはリサイタルを自らの長年の研究成果を発表する場と考えている部分があります。この考え方もまた聴衆を自分から遠ざける要因になります。演奏者の持つ「発表」と言う意識はそれを見る者と見られる者とに分けるエネルギーとなるからです。

演奏者の意識次第で音楽がどこまで届くか決まる

演奏者が「音楽は感情表現が一番大切だ」と思って演奏すれば、肩が上がってそこが緊張するので音楽は肩で止まり、腕から指は死んだ状態になります。(閉C以下の多く)

演奏者が「正しい演奏あるいは技術的に完璧な演奏が一番大切だ」と思えば音楽は指先までは届きますが、そこから先即ち楽器から先は死んだ状態になります。楽器は目的実現のための手段で自分とは別物になります。(開C以下の多く)

演奏者が「楽器を響かすことが一番大切だ」と思えば演奏者は楽器と一体になりますが、音楽は楽器までで止まり会場や聴衆までは届きません。(開B)

演奏者が「会場を響かすことが一番大切だ」と思えば、演奏者は会場と一体になりますが、音楽は会場までで止まります。聴衆は自分の演奏を聴かせる対象と思っており、自分とは別物ですので、音楽は聴衆には届きません。(開A)

演奏者が「聴衆に絶対的感動を生じる演奏をしよう」と思えば演奏者は聴衆と一体になり、音楽は聴衆の体の中で響き絶対的感動が生じます。(開S)

聴衆と一体になることによって演奏態勢は完成する

野生の動物達やプロのスポーツ選手達の場合に目的がはっきりしているので自然に理想的な態勢を取るのと同じ様に、音楽演奏家も目的がはっきりするとそれを実現するために即座に理想的な演奏態勢が取られる様になります。その目的とは「聴衆と一体になること」です。

ここでひとつはっきりさせておかねばならないことがあります。一体になるのは「心」ではなく「体」です。心は絶対に一つになることはありません。心は自他を識別する五感の発達に伴って後天的に発生したもので、自他を識別するが故に存在し得る「個」そのものだからです。一方体は瞬時に一つになります。より正確に言うと、体は始めから、すなわち本来一つなのです。ですから一つに「なる」というより一体状態を「取り戻す」、更に言えば一体であったことを「思い出す」のです。

私達は後天的に発達した五感によって発生した心によって自他を識別し、自分達をそれぞれ独立した存在であるかのような錯覚に陥っていますが、ちょっと冷静になって考えると、私達は広大な宇宙(全体)のとても小さな一部であることに気がつきます。人間を含めて万物は宇宙の構成物ですから本来一体なのです。

宇宙と人間の関係は海(=全体)とその表面に生じる波(=人間)に例えることが出来ます。

五感の世界(海の表面を外から見た場合)においては、私達は大海に生じた一つの波の様な存在です。一方開閉感覚の世界(海の表面の内側から見た場合)においては、私達は自他の区別の無い大海そのものです。

波は岸辺に打ち寄せられると消滅しますが、その際海の水は一滴たりとも増えも減りもしません。宇宙と人間の関係においても同様で、人間の体は死んでも質量保存の法則ないしエネルギー保存の法則によって消滅することはありません。

心を鎮めてよく集中すると、体がその一部である全体は感動に満たされた不生不滅の大安心の世界であることに気がつきます。そして演奏家が全体に同調して演奏すると、この絶対的感動を自分の音楽に乗せて聴衆に運ぶことが出来ます。

従って演奏家が全体と一体になって演奏すれば聴衆を本当に感動させることが出来ます。ところで先ほど、演奏家の持つべき目的は「全体」と一体になることとは言わず、あえて「聴衆」と一体になることと言いました。 それは演奏家と聴衆が一体になることが出来た時には演奏家は全体と一体になっているからです。演奏家は全体の一部であり、聴衆も全体の一部であるからこそ全体を通して演奏家は聴衆と一体になれるのです。全体との一体無しに演奏家と聴衆とは一体になれないのですから、演奏家と聴衆とが一体になっていれば、それは演奏家が全体と一体になっていることの証しとなります。

これから演奏家が「全体と一体」になるための演奏態勢の作り方の説明に入りますが、「聴衆と一体」になることを念頭に置くことがその習得への早道となります。

「演奏態勢」が演奏家としての天性を発現させる

「演奏態勢」とは自らの天性を100パーセント発現するための態勢です。「演奏態勢」を取ることによって(我々がその一部である)全体との一体化が実現し、全体の一部分としての自分に元々来ていた音楽が自然に生み出されます。

「演奏態勢」の習得は、演奏技術を身に付けることに比べれば、はるかに容易です。但し技術的な練習とは違った、「気」の扱いの工夫が必要になります。

演奏態勢が完成すると演奏技術も向上する

演奏態勢が完成すると瞬時に音楽だけでなく演奏技術も改善されるとことを体験します。演奏態勢が完成すると体の緊張が無くなり神経伝達が改善されるからです。

「演奏態勢」習得のための準備事項

  1. 下記の実験結果を見て、音楽が生命に重大な影響を及ぼしていることを知り、良い演奏をすることの大切さを認識すること。ヨーグルトテスト
  2. 前章までの方法で開閉感覚を起動し、「特に良い音楽」を聴いた時に絶対的感動が生じるレベルになっていることが不可欠です。演奏者自身が絶対的感動がどういうものかを判っていなければ、それを作り出す演奏は出来ません。またそれ以前に、絶対的感動が分からなければそれを生ずる演奏の必要性を感じないでしょう。
  3. 音楽演奏の目的を明確化することが大切です。演奏者が全体と一体となると元々そこに遍在している絶対的感動が自ら造り出す音に乗って聴衆に伝わるということを認識すると、自分が音楽演奏をする目的がはっきりし、体は自然にその目的実現のための態勢を取ります。人によっては以下に述べる訓練法が必要なくなるかも知れません。その場合は結果的に以下に述べられている演奏態勢が取られている筈ですので確認して下さい。

演奏態勢の習得

これから「演奏態勢」習得の手順を解説します。文章にすると少し長くなりますが、一旦マスターしてしまうと演奏に集中するだけで自動的になされる様になりますので、しばらくの間努力して身に付けてしまって下さい。

しばらくやってみてどうしてもこの方法ではうまく行かないという場合は、後述の「瞬時に開Sになる」に記載された方法で速やかにランクアップすることも可能です。ただし本当に開Sになっているか自分で確認するために、開Sの場合の体の状態を知っておくことは必須ですので、読み飛ばさないで下さい。

自分自身を「開」にする

毛穴を開いて全体と気が交流している状態が「開」であり、毛穴を閉じて全体との気の交流が遮断され孤立している状態が「閉」です。従って全体との一体化を実現する「演奏態勢」は自分自身を「開」にすることによって達成されます。

演奏者が「開」の演奏をして全体と一体化すると、それに同調する聴衆も「開」となって全体と一体化します。このことは演奏者と聴衆とが全体を介して一体化していることを意味します。これが開閉感覚を起動した聴衆には「開」の演奏だと音が自分の体の中で鳴っている様に聞こえる理由です。「閉」の演奏は演奏者と聴衆が一体化しませんので、聴衆には音が自分の外すなわち演奏者の所(舞台の上)で鳴っている様に聞こえます。

自分自身を「開」にすることは開閉感覚の能動的応用で実現することが出来ます。既述の開閉感覚は「開」か「閉」かを識別する感覚で、あくまで受動的なものでした。そして開閉感覚によって「閉」の要因があることに気が付いたら、それを取り除いて「開」の状態を作り出そうとして来ました。今ここで必要なことは、「閉」の要因は取り除かずにそのままにしておいて、自分自身のパワーで「開」の状態を作り出すことです。

実はこの「閉」の要因がある中で「開」を作り出す行為が、演奏者が聴衆を「開」にするエネルギー源になります。

具体的には「閉」の要因によって閉じている毛穴を開けば良いのです。やってみると判ると思いますが、「閉」の要因が弱ければ容易に毛穴を開けます。ところが「閉」の要因が強いと体が防御体制を解除しようとせず、毛穴が開きません。強い「閉」の要因が存在する中で毛穴を開くには、その「閉」に負けない、逆にその「閉」要因を「開」にしてしまう様な態勢を作らなければなりません。

「閉」の要因が働いている中で「開」の状態を作る訓練は下記の方法でコツをつかんで下さい。

【開のポーズを作る】

1.  「開閉感覚起動法入門」紹介した両手の指を胸元で無意識に組んだポーズを取る。

2. その時の「開」の状態を確認する。

【閉のポーズに変える】

3. 次に選んだポーズで「閉」の状態を作る。即ち無意識に組んだ指を反対に組む。

4. 「閉」の状態を確認する。

【開のポーズに戻す】

5. 再び「開」の状態に戻す。即ち指を無意識に組んだ時の組み方に戻す。

6. そして「開」の状態を確認する。

【開の状態を維持したまま「閉」のポーズに変える】

7. 今度はその「開」の状態を維持しようとながら、指を反対に組み変える。この時気の操作を何もしなければ「閉」になってしまう。「閉」のポーズに負けないで「開」の状態を作る工夫をする。

「開」を作り出す体の使い方

上記の 7 を試行錯誤で成功させようと努力すると、その過程で気の扱いがある程度判ると思います。上記 7 を効率よく成功させる為の方法を紹介します。これは強い「閉」要因に負けないで「開」の状態を作り出す為の体勢作りの為の三つの基本です。なお説明の便宜上1、2、3の順番で記述してありますが、実際は三つ共同時に行ないます。

1. 意識を前頭上部に持って行き、そこから意識の方向を前上方に向ける。そして自分がその一部である全体をイメージしながら意識の行く先を無限の彼方にまで持って行く。

「自我を捨て、自分を捧げる」という気持ちで行なうと、意識は自然に前上方に向きます。

(「自我を実現する」という気持ちがあると、意識は後上方へ引かれ、前上方には向きません。)

2. 前胸上部を「開」にする。

全身を「開」にするのですが、真っ先に前胸上部から開いて行く様にします。

胸を開にするコツをお伝えします。

ツバを飲み込む時の様に、のどをゴクッとさせます。するとのどの辺りに閉じるところがあるのが分かると思います。嚥下反射と言って、食べ物を飲み込もうとすると食物が器官に入ったり鼻に逆流しない様に食道への入り口以外はすべて塞がれます。のどをゴクッとさせて閉じたこの部分を意識的に開き、鼻に抜ける様にするのが胸を開くためのコツです。

前胸上部を開にした時には全身を包んでいる皮膚の内側面も連動して開になっています。全身の皮膚の内側面が開になっているということは、全体と自分との一体を妨げているものが無くなったということですから、その時自分は全体と一つになっています。

3. 丹田で上記 1の状態を支える。

この動作によって強い「閉」の要因が働いている中で「開」の状態を作り出し、それを維持することが出来ます。

演奏者であれば、聴衆の「閉」に打ち勝ち、聴衆を「開」にすることが出来ることになります。

丹田を使う

丹田の使い方は下記の手順でマスターして下さい。

  1. 背もたれの無い椅子に座る。
  2. 上体を後ろへ倒して行く
  3. 後ろへ倒れる角度が20~30度を超えると急に下腹部が凹む。この部位が丹田である。下腹部が凹まない人もいますが、その場合は上半身が後ろへ倒れない様に支えている下腹部の部分が丹田です。
  4. 下腹部が凹んだことを確認したら上体をまっすぐに戻す。すると凹みは消える。
  5. 今度は上体を後ろに倒して下腹部に凹みを作り、その凹みを維持したまま上体をまっすぐに戻す工夫をする。
  6. 次に上体をまっすぐにしたままで、上体を後ろに倒した時の筋肉の状態を再現する。側腹部、後腹部に空気を入れる様にして膨らませ、体を張力で支える様にすると、自然に凹みが出来る。

    上から見た下腹部水平断面図

    腹部断面図

※ 下腹部に形成される凹みの大きさは個人差がある。重要なのは凹みの大きさではなく、上図に矢印で示した方向性、即ち側腹部・後腹部に空気を入れる様に外側へ膨らました時に自然に前下腹部が内側に向かうということ。体の支えを作ることが目的であり、下腹部の凹みを作ることは目的ではなく結果である。凹みを作ろうとして、上体に力が入ってしまわない様にすること。上体は完全に脱力状態でなければならない。下腹部に凹みが出来た時に上体の力が完全に抜けているかどうかを確認すること。

◎ 演奏会場に集まる強い「閉」状態の人を含めた全員を「開」にするには、強力な丹田の支えが必要になる。

「演奏態勢」の完成

上記の 1 前頭上部、2 前胸上部、3 丹田の操作を一体として行ないますと、下腹部の丹田を根元にして体の前面を通って前頭部に至る強い気の柱が築かれます。

「閉」の演奏者の場合は体の前面は固く閉ざされ、体の後面の背骨に沿って強い緊張が築かれます。意識は頭頂部から上方やや後方に向い、自我の思いの影響を受けることになります。この態勢では絶対に天性を発現することは出来ないのですが、音楽の場合は人間によって優劣が評価されますので、この態勢でも有名になってしまう演奏家がおります。

スポーツの場合は本当に実力のある者のみが勝ち残りますので、一流スポーツ選手たちはすべてランクの高い「開」の態勢を作っています。(イチロー選手のバッティングフォーム参照)

瞬時に開Sになる

前述の通り、演奏者によっては聴衆を意識しただけで開Sにランクアップしてしまう場合もあります。その他にも速やかに開Sにランクアップするために有効な方法がありますので、ここでご紹介します。ただしこれらの方法は音楽演奏のランクが分かる感性のある人の立ち合いの元で行い、本当に開Sになったか確かめてもらうべきです。

《方法1》聴衆に音楽を運ぶことを漠然と意識しただけでも音楽はレベルアップしますが、もっと明白な目標を持つと非常に効果があります。例えば自分の大切な人(子供とか配偶者など)に病気の人が居たら(いなければ病気になったと仮定してもよい)、その人を自分の演奏で治すということを目標にして演奏します。やってみると分かると思いますが、体を使い重心の下がった演奏になり、絶対的感動が運ばれます。

《方法2》開Sの演奏を聴いている聴衆は演奏者と同調して心身が開Sの状態になります。この同調現象を利用します。まず開Sの演奏を聴いて自分の心身を開Sの状態にし、その状態の印象をしっかり覚えておきます。そしてその状態をしっかり維持したまま演奏します。この時開Sの演奏が実現します。

《方法3》とくに肩を上げて(すくめて)演奏する癖のある人に向いていますが、まず一回故意に思い切り力を入れ肩を上げて演奏します。しかる後に肩に思い切り力を入れ肩を下げて演奏します。肩を上げた時と下げた時とで驚くほど音楽が変わることに気が付く筈です。同じ力を入れたとしても肩を上げる方向か下げる方向かで差があることを確認したら、後は肩を下げたままで力を抜いた状態を自分の演奏態勢にします。

※感情表現すなわち心で演奏しようとすると肩が上がります。心は全体から孤立していますので、演奏者自身も聴衆も緊張します。一方肩を下げますと、元々全体と一体である体が支配する様になり、安心をもたらします。

演奏における心と体の関係を図示しておきましょう。

心と体

煎じ詰めれば「気道を開くこと」

長々と説明して来ましたが、全体と一体になるのは分かってしまうといとも簡単なことです。あなたが自分(例えば演奏者)の周りにある自分以外のものどれか一つ(例えば聴衆)と一体になった時、あなたは無意識的に「そのものに対して気道を開いている」ことが分かります。この時あなたは丹田で支えられた重心の低い状態になっており、そのものとだけでなく、そのものを含めた万物と一体になっていることに気が付くでしょう。

全体と一体になって事を成せば、すなわち「気道を開いて」事を成せば、それは自分ではなく全体が(自分を使って)事を成しているという状態になります。この時自分が成すのとは比較にならない大きなことが成されるのは言うまでもありません。この態勢はあえて作り出すものではなく、本来の姿に戻した時に現れる態勢です。

 

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