音楽は今迄の100倍楽しむことが出来る

私達はみな音楽を今迄の100倍楽しむ能力を持っています。

なぜ10倍ではなくて100倍なのでしょう。10倍というと従来の延長線上にあることを示すのに対し、100倍というと従来とは比べものにならない、別次元の素晴らしいことを示すことになるからです。

従来の音楽の楽しみ方の延長線上には無い

これからお話する音楽のことは音楽ファン、とくにクラシック音楽ファンの人達が今迄の聞き方の延長線上で理解しようとしても理解することは出来ません。それがどういう次元のことかについては、こちらのページに書いた映画の例でお分かりいただけると思います。

従来音楽は聴覚で旋律を聞いて楽しむものでしたが、本当に良い音楽演奏は一瞬聞いただけで絶対的感動が生じます。聴覚で聞くだけではそれに気が付きません。絶対的感動が生じている体に意識を置くことによって気が付きます。

音楽演奏は演奏態勢次第で素晴らしい医療効果を発揮する

さらに特筆すべきことは、100倍楽しむことの出来る音楽演奏は聞く人の体に対しても素晴らしい医療効果を発揮するということです。

音楽演奏の体に対する影響に関しては、既にヨーグルトの実験でも明らかにされていることを紹介しました。

ほとんど気が付かれていないのですが、演奏者の演奏態勢次第で音楽演奏は聴衆の体に対して大きな医療効果を期待することが出来ます。音楽演奏は全身の細胞を隅々まで振動させることが出来るからです。

演奏態勢を極めた音楽演奏の主たる特長は以下の通りです。

  • コロナウィルスや癌細胞も不活化させる免疫力(生命力)が高まる。
  • 大きな安心感を伴った絶対的感動が生じる。

具体的には以下の様な特長があります。

  • 演奏者は舞台の上で弾いているのに、音楽は体の中で心地よく響く。
  • 大きい音はうるさくなく、小さい音でもよく聞こえる。
  • さざ波やせせらぎの音の様に、長く聞き続けても飽きることがない。
  • 曲の旋律に関係なく感動が生じる。従って旋律次第でつまらないと感じる部分が無い。
  • また聞きたくなる。
  • いままでクラシック音楽に興味の無かった人がクラシックファンになる。即ちクラシックに関する知識が全く無くても楽しめる。

安心波動を運ぶ音楽演奏は病気を治す

病気の原因は体の緊張によって回復力(いわゆる自然治癒力)が十分に働かないことです。治療によって回復力を高めれば病気は根本治癒します。

自然治癒力で治ることは望ましいけれども、時間が掛かるので副作用はあつても薬に頼らざるを得ないという人が多いと思いますが、それは本当に体の緊張が取れる治療に巡り合っていないからです。体の緊張が完全に取り除かれた時に働く回復力はとても強く、その場で効果が現れます。

演奏態勢を極めた音楽演奏が運ぶ安心波動は全身の細胞を振動させて緊張を取り除き、最大限の回復力が働く様になります。

開閉感覚は体に対する音楽演奏の影響を瞬時に見分ける

開閉感覚を起動して音楽演奏を聞くと、体を緊張させる演奏か安心させる演奏かか”が瞬時に分かります。開閉感覚を起動して音楽演奏を聞き分ける方法はこのホームページで体系的に解説しておりますが、一人の演奏家の以前と今の演奏比較をすることによっても簡単に習得することが出来ます。

また音楽演奏開閉ランクの聴き分け方ののページで音楽演奏のランクも分かる様になります。

そして開Sの演奏のページの演奏を毎日BGMとして聞いていると、演奏の良し悪しが自然に分かる様になります。これは特殊な感覚が身に付いたと言うより、本来の感覚が戻ったというのが正しい表現です。そして体にエネルギーが湧く開B以上の演奏を好んで聞く様になります。

100倍楽しめる音楽演奏こそが”音楽”

クラシック音楽の世界では”音楽”とか”音楽性”というと、作曲家の意図を正しく表現すると言った素人が聞いても全く理解できない次元のものとして捉えられている節がありますが、私は今迄述べて来た絶対的感動を生じさせる共に生命力を高めるものこそが”音楽”であると確信しております。よって以降は”100倍楽しめる音楽演奏”を”音楽”と表現させていただきます。

“音楽”が無意識の内に評価されている場合がある

“音楽”は音楽演奏の聴衆にとって価値がある側面です。演奏者は聴衆の支持があって演奏家として成り立つのですから一番重要な側面の筈ですが、ほとんどのクラシックのコンクール等では演奏家による演奏する立場での評価がなされております。これは演奏技術の向上等プラス面もありますが、聴衆に好まれる演奏かどうかは考慮されませんので、例え受賞したとしても演奏家としての将来が保証される訳ではありません。

ところが”音楽”が無意識の内に評価されているコンクールがあります。

国際コンクールでの”音楽”の評価

それでは”音楽”が、人気ある演奏家を多く輩出して来た国際コンクールでは実際にどう評価されて来ているか見てみましょう。それを論ずる前に、まず下記の実情が予備知識として必要です。

  • 音楽演奏を安心の大きい方から緊張の強い方に順番にランク分けしますと、開SF・開S・開A・開B・開C・閉C・閉B・閉Aになります。(音楽のランク参照)
  • 国際コンクールの本大会出場者はほとんどが開Cで、開B以上は一大会当り1~3人である。
  • 閉C以下は国際コンクールの予備審査を通ることがほとんど無い。※ここで既に”音楽”が評価されていると言えます。

実例として以下に最近の国際コンクールの実績を示します。

出場者数 開C 開B以上 備考
2018年浜松国際ピアノコンクール 88 86 2 2人共日本人
2019年チャイコフスキー国際コンクールピアノ部門 24 21 3 1人日本人
2021年ショパン国際ピアノコンクール 87 85 3 3人共日本人
2022年仙台国際コンクールピアノ部門 42 41 1 日本人

上記の開Bとか開C等の開閉のランクは前述の通り開閉感覚を起動すれば誰でも判断出来ることで、また開閉感覚が正しく働いていれば誰が判断しても同じ結果が出ます。またこの判断が出来る様になりますと、音楽を100倍楽しむことが出来ますので、誰もが開閉感覚を起動されることをお勧めします。

以降の記述において、各国際コンクールのリンク先に開閉ランクが実名で明らかにされております。現在のランクが低いことは卑下されることではなく、今迄この次元のことに縁が無かっただけのことであり、このページの記事を読めばその日から最高ランクの開SFにアップ出来る至極簡単なことですので、実名で公表することのメリットの方が大きいと判断しました。

著名な国際コンクールのヴァイオリン部門ではほとんどの場合開B以上が第1位になる

体に良い音楽がコンクールで評価されるかどうか結論から言いますと、それが意識的に評価されることはありませんが、結果的に体にエネルギーが湧く数少ない開B以上の出場者が第1位になることが多い国際コンクールがあります。 特にヴァイオリン部門でその傾向が強く見られます。

その筆頭はチャイコフスキー国際コンクールのヴァイオリン部門です。ここでは1958年の第1回から2018年の第16回まで、第1位はすべて開B以上です。そして開Bが居ない場合は1位無し(過去に5回)となり、また開Bが2人いる場合は2人共第1位(過去に3回)になっております。

エリザベート王妃国際コンクール・ヴァイオリン部門では1937年から2019年までの19回すべてにおいて、第1位は開B以上です。

ロン=ティボー国際コンクール・ヴァイオリン部門においては1943年から1918年までの31回において、第1位無しの5回を除く26人の第1位の内、23人が開Bで3人が開Cでした。

ピアノでは世界三大コンクールにおいては開B以上が第1位になることが多かった

ショパン国際ピアノコンクールでは1位無しの2回と直近の2021年第18回を除いて第1位はすべて開Bでした。

エリザベート王妃国際コンクール・ピアノ部門では過去19回の内15回は開Bが第1位です。

チャイコフスキー国際コンクール・ピアノ部門では過去15人の第1位の内、開B以上は9人です。

世界三大ピアノコンクール以外の一例としてロン=ティボー国際コンクール・ピアノ部門の場合を挙げておきます。このコンクールのピアノ部門ではヴァイオリン部門とは対照的で、開Bの第1位は2人だけ、他はすべて開Cとなっています。

“音楽”に対する国際音楽コンクールの評価のまとめ

以上の結果から言えそうなことをまとめます。

  • 前述の通り開B以上の出場者は極めて少ないので、聴衆の体にエネルギーが湧く希少な開Bの演奏が見逃されることなく優勝するコンクールは”音楽”を重視していると言える。
  • ヴァイオリンでは”音楽”が、ピアノでは”技術”が重視される傾向がある。それはロン=ティボー国際コンクールのヴァイオリン部門とピアノ部門の審査結果に顕著に表れている。
  • ただしピアノの世界三大コンクールは”音楽”がかなり重視されて来た。その結果これら三つのコンクールの優勝者からは世界的に人気の高いピアニストが多く輩出されている。

日本の審査基準がもたらした外国人の偏見

国内のコンクールの審査では音楽演奏の体に対する影響は評価されないばかりか、数十年前に私が学生音楽コンクールピアノ部門の審査に注目していた時期に、審査員による評価と私の評価が反対になることがしばしばありました。すなわち、体を安心させる演奏は嫌われ、体が緊張する演奏が好まれるという傾向がありました。そのために一般人の多くはクラシック音楽自体が魅力の無い音楽だと誤解し、クラシックファンが増えない原因となっていたことを認識する必要があります。

その様な土壌で育った演奏者が留学したり海外でコンクールに参加した時に、海外の専門家の目には音楽ではなく”ミシン”や”タイプライター”を操作している様に映った様です。海外の専門家にとってはかなり異様なことだった様で、日本から来るピアニストは技術ばかりで音楽が無いという先入観を持つになったと思われます。

我が国では現在もまだ緊張のある演奏が評価されるコンクールが多いと言えますが、その中で日本音楽コンクールでは最近10年開を見るとピアノ・ヴァイオリン共にB1人ずつ、他はすべて開Cで、即ち聞いていて体が緊張しない出場者が第1位になっております。また開Sの演奏者のページで紹介している開Sの若い演奏者たちが第一位になるコンクールも現れています。そして最近の国際コンクールで数少ない開Bの出場者の多くが日本人であり、以前とは様相が変わって来ている様です。

しかしながら人の思い込みはとても恐ろしいものです。最近になって藤田真央、反田恭平と言った海外の演奏者を凌ぐ音楽の演奏者が登場しましたが、彼等をを目の当たりにしても、技術オンリーという日本人の国民性がそう簡単に変わる筈が無いという海外専門家たちの人種差別的偏見は容易に変わらない様です。

ここ数年の内外のピアノの国際コンクールにおいて、2018年の浜松国際での牛田智大、2019年のチャイコフスキーでの藤田真央、2021年のショパンでの反田恭平、そしてつい最近の仙台国際での太田糸音は皆技術の伴った開B以上で、普通は第1位になる筈のところみな第2位または3位になり、日本人以外の開Cが第1位という奇妙な結果になりました。国際コンクールは海外の審査員が多いので、国内のコンクールよりは”音楽”も評価される様に見えますが、日本人出場者に限っては音楽的な演奏をしても”信用してはならない”という観念が働く様に思われます。

この海外での人種差別は専門家達の間では働いているもので、一般聴衆の間で日本人演奏家の人気が高まって行けば、この差別意識も薄れていくと思われます。

開B以上が異様に少ない音楽演奏の世界

海外の比較的規模の大きなコンクールも含めて、前述の通り出場者のうち開B以上は多くて数人です。実はこの開B以上が極めて少ないということ自体が、音楽の世界が奇異であることを示しております。

スポーツの世界では、プロはもちろんのこと、例えばアマチュアでも高校野球で甲子園に出場するレベルの選手達は全員開B以上です。彼等は良い結果を出すために、必然的に下半身をしっかりさせ、大地に根を下ろしてプレーします。スポーツや芸事に限らず、成すことをすべてこの態勢で行なうこと、それが開B以上になる秘訣です。

音楽演奏においては 、手先だけ使えば楽器から音が出ます。このため上半身だけで演奏し、下半身は演奏に関与していない演奏者が非常に多く見られます。上半身だけで演奏すると、生み出される音は聴衆の体を響かせることが出来ません。更なる問題は”音楽”が貧しくなることです。”音楽”は下半身をしっかりさせて大地に根を下ろして演奏することによって自然に生み出されます。この真理に気が付かず、上半身をせわしく動かして肩で音楽を表現しようとして、見た目に不快な、虚しい演奏をする演奏者が数多く見られます。これでは軽薄な音楽しか生み出されません。聞く人を本当に感動させる音楽は、大地に根を下ろしたしっかりした下半身の土台があってはじめて生み出されます。

演奏態勢を極めた音楽演奏は旋律から生じる感動を超えた絶対的感動と、単なる”癒し”を超えた”医療効果”をもたらします。その様な演奏家はほんの僅かであるため、これだけ沢山の演奏者がいるのに、聴衆は音楽演奏から本来の恩恵を授かることが出来ません。これは日本国内に限ったことではなく、クラシックの本場である西洋でも言えることです。

人間は誰でも開SFに”戻れる”

ここで更に気が付くべきことは、開Bはもちろん最大の感動・最高の治癒力をもたらす開SFの演奏家になることはさぞ大変だろうかと言うと、実は極めて簡単なことであるということです。しかも個人差とか素質に関係なく、求める人は誰でもなれるということが、前述の音楽演奏の聞き比べでモデルになっている演奏家が、以前の最強の緊張である閉Aから、最近のある時期から突然に最強の安心である開SFになっていることによって証明されております。

このホームページに書かれている方法によって誰でも数分で開SFに戻れます。しかも一旦開SFに戻ったらずっとその状態が維持されます。開SFは人間本来の姿だからです。

音楽演奏を100倍楽しむ

良い音楽を聞いている時に生じている絶対的感動に気が付いた時、聴衆も演奏者自身も音楽をそれまでの100倍楽しむことが出来ます。 従来のザワザワした落ち着きの無い緊張した状態とは全く違った、安心感を伴った静寂な状態から生きている喜びそして前向きな気持ちが湧いて来ます。それは音楽演奏の力を借りて自分本来の居場所に戻ったことことを示しています。音楽にはそういう力があります。